表参道を手をつないで歩いた。

GWも昨日で終わり、世の中は今日からまたわさわさ動き出した。

不動産業界はほとんどの会社が休みに入り、業者間の連絡も取れなくなってしまう。
弊社は毎年この時期『休む?どうしよっか?』という話しが持ち上がり、
『お客様来るんじゃない!?』というポジティブな雰囲気の中、交代で休みを取りつつも
今年もフル稼働した。

そんな中、GW中に必達しなくてはいけないタスクがあった。

そう、まさかの2月に『ごめんなさい!リスケで!』と延期に延期を重ねた『母の誕生日』というイベント。

さすがに『いつでも良いから楽しみにしてるわっ・・・』と言われても、ちまたでは『母の日商戦』
もチラホラ視界に入ってくる中で、『母の日またぎ』はバツが悪い。

 

という状況下、『母の誕生日』と『母の日』の抱き合わせプランのような難易度の高い『技』を
完成させる為に集合をかけたところ、モノ忘れが激しくなってきた祖母のお世話も日課の母
としては祖母を一人で置いていけないという事も手伝い、祖母にも来てもらう事になった。

祖母は90だ。私が物心付く前から姉が祖母のことを『ナナ』と呼んでいた為、私も当然それを
世界共通の常識と信じ込み今でも『ナナ』と呼んでいる。

どうやら、『おばあちゃん』という響きが嫌で半ば強制的に『ナナ』と呼ばせたのが始まりだったみたいだ。

ちなみに、私の母も甥っ子(孫)らに『おばあちゃん』と呼ばれるのを阻止するために『マリママ』
という自らの名前にママを付けた妙なネーミングで呼ばせており、これが甥っ子(孫達)には
しっかり浸透されている。

きっと、いつの日か世に解き放たれる私の子も世界共通の常識である『マリママ』と呼ぶこと
になるのかと思うと可笑しい。

女性の老いに対する抵抗は頑なであり、またその頑なさは長い年月を経過する中で自らの
暗示と周囲への浸透力で決して無駄にはならいのだろう・・・と食事をしながら一人で変な事
を考えたりもした。

『ナナ』は食事をした表参道周辺には思い出が沢山あったようで、ついさっきの事は忘れてしまうのだが、昔の思い出は滑らかに話した。

全ての話しが『10年前はねー・・・』という枕詞がつくのだが、翌日聞いたらどれも半世紀ほど前の思い出話しをしてくれていたようだ。


食事が終わった後、「駐車した車を取りに行く」と両親が離れた間、私と『ナナ』は二人っきりになった。杖をついて歩く祖母の手を握り、200mほど表参道の夜を歩く。

ハイアーグラウンドのオフィスは近くにあるものの、ここの道をこの時間にこんなにもゆっくり手を繋ぎながら女性と歩いた事はない。

散歩するには最高の気温だなーとか思いながら、小さな女の子のように僕の手を握り締める『ナナ』は心がけるよりも更にゆっくり歩いてあげないと着いてこれない事を気付き、しばらく両親から『あそこで待ってて』と言われた所を目指しゆっくりゆっくりと歩いた。
日ごろから身近にある町並みをゆっくり見た事がなかった自分は、隣の『ナナ』のおかげでゆっくりと流れる時間を感じさせてもらえて少し幸せな気持ちになった。


『母の誕生日』と『母の日』をミクスチャーさせてしまった高度な技(申し訳ない)は、結局『母の母』との思い出作りにもなった。

来年も皆元気に頼むよ!

追伸

行きかう表参道の美男美女カッポーの何名かには不覚にも『老婆を騙す怪しげな男』に見られてしまったように感じたが、真面目な顔をして歩いても、にこやかに歩いても・・・どういう顔つきをしても怪しく見えてしまうのだろうと思った。